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生い立ちと制作理念

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辛かった過去があって、幸せになった今があって、
それでもまだ、苦しい今…の中で、暖かいものを求めてイラストレーターになった。

今までと今、そしてこれからのこと。

※淡々と出来事が並んでいます。
最近まで、感情というものがよくわかりませんでした。
ただ「つらい」か「つらくないか」で、物事を考えていました。
今、たくさんの幸せの中で生きながら、ゆっくり回復しています。

・過去のこと・

環境
■兄妹

物心ついた頃には、
真っ白なかぎ尻尾の猫の”みゃお”
黄色いセキセイインコの”ぴーちゃん”

と、暮らしていました。
ぴーちゃんはちょっと怖かったけれど、

2人の絵を描くのが大好きでした。

■虐待

親からの(主に精神的な)虐待を受けて育ちました。

何がスイッチで暴言を吐く悪魔になるかわからない父
私が100点でいないと、何時間でも怒鳴り続ける母

罵声を浴びる毎日、恐怖の毎日…

あるときには、

「お前を育てるときに失敗したから、弟は別の育て方をしている」
…そう言われたりもしました。

「私は失敗したものなのに、
生きていていいの?」
長い間そう感じていました。

自分のイラストを描くのが怖い
■初めての家出、自殺を思った日

7歳のときに、初めて家出をしたのを覚えています。

家を出るとき、「わたしはこのなつしぬことにしました」
そう書いたメモをドアに貼りました。

すぐ見つかってしまったけれど、その日、「私は自殺しよう」と決意しました。

でも、
このときどんな気持ちだったのか、いまでも思い出すことができません。

夢に見たりすることもありますが、
最後には必ず、何もかもが真っ白になります。

■認めて欲しい

ある日自由帳に、手のデッサンを描きました。

私はその絵に満足し、「とても上手く描けた」と思い、
父や母に見せれば褒めてもらえると思ったのです。
嘘でもいいから認めて欲しかった。


大人も子供も、どこかで・何かで認めてもらえないと、

生きていることは、凄く、つらい。

 

でも、

その絵を見た両親は、その絵を酷評しました。
辛かった。

「私の絵は、ここまで言われるほど酷いものなんだ」

その日から”自分のイラスト”を描くことをやめて、
既存の漫画のイラストをトレースしたり、真似て描くようになります。

 

誰かのイラストなら、どんなに批判されても、それは私のイラストではないから、怖くない。

”自分のイラスト”を描きたい
■描くことを許してくれた友達

中学生のとき1年間だけ、唯一友達だと思えた人がいました。
そう言えば、それまで気を許せた人が居なかったかもしれません。

 

既に進学校へ進む事が決まっていた私に、
「本当は描く事が大好きなのだからそっちの道を進めばいいんじゃない?
絵を描いているときが一番キラキラしてるよ」
そう、友達は言いました。

■自覚と現実

私は、

”自分のイラスト”を描くことを、誰かに許して欲しい

自分が好きなことの道に進みたい

と、思っていることを、自覚しました。

 


でも、現実は生きているだけで精一杯。

「生きていることを許されている」と思える何かがないと、生きていられなかった。

 

●どんなに辛くても、帰る家はここしかない。
何かあったとき、最終的にすがれるものがない。

●「好成績」と「学則を守ること」で親と教員に気に入られることで手一杯、
心の内を話せる友達なんて、どこにもいない。

 

居場所がなかった。

 

私は結局、家から遠い進学校への道を選び、
受験が近づくにつれて、イラストを描くことから離れていきました。

生きるために描く
■記憶のない時期①(日記や文通の手紙からわかること)

受験直前辺りから数年、私には殆ど記憶がありません。


10年ほど過ぎてから高校の最寄り駅に行きましたが、学校への道もわかりませんでした。

高校の友達とは今でも交流がありますが、
友達になるまでのこと、学校でのことは、殆ど思い出せません。
幸いにも、当時彼女たちが、

私を友達にしていてくれたこと、大切にしてくれたこと。

その感覚が、私の中に、暖かく残っています。


***

高校1年生の終わり頃、学校のスキー教室(?)中に、両足が動かなくなりました。
幻覚が見えるようになりました。

精神科では、「解離性障害」と言われ、
後には「解離性同一性障害(多重人格障害)と診断されています。

 

高校に通っている間から、少しずつものが食べられなくなり、
そのまま拒食症になりました。

美容師さんが、痩せた私を見て、
「細くて綺麗、妖精さんみたい」と言ったシーンを、ぼんやりと覚えています。

私は順調に痩せて、痩せ過ぎでバイトをクビになりました。
家ではただただ、食べないことを責められていました。

今になって、それは心配だったのかも知れないと思えるようになりましたが、
そのときはただ責められていると感じていたでしょう。

 

「私に生きている価値はない」

 

7歳のとき決意してから、片時も頭の中から消えなかった「自殺する」と言う事。
私は自殺を図りましたが、結局、死ぬことはできませんでした。


それが、10代の終わり頃のことだと思います。

 

今、幸せな家庭にいて「生きていて良かった」と思うのに、
死ねなかったことだけは、今も、凄く、つらくて悲しいです。

死んでいたら今はないとわかっているのに、
矛盾しているとわかっているのに、どうしても辛いです。

 

■入院

自殺未遂をしたので、そのまま精神病院の閉鎖病棟に入院しました。
こちらも、後に入院した病院を見に行きましたが、どんなところだったか思い出せません。

たしか、梅雨が長かった。

病棟の中にあった花の図鑑を見ると、花はとても美しく見えました。
なんとなく、花を描きはじめました。

描いていると、何故だか看護師さんや他の患者さんが褒めてくれます。

誰でも、褒められたら嬉しいと思うけれど、
当時の私にとっては生死を決めるくらい重要なことでした。

友達の心配と(どれほど、心配してくれたか、生涯感謝し続けたいです)、
イラストを描いて褒められることで、
なんとか、生きていました。

1人になって
■記憶のない時期②

退院して、入院して、他の病院にも入院(したはず)。
最後は、強制退院。

その後自宅で軟禁生活になり、そこから家出をしました。
「こんなに優しいご両親に迷惑を掛けちゃダメよ」と婦警さんに言われたシーンを、
今も夢で見ては
絶望的な気持ちになります。

 

そして20代になって、私は実家を捨てました。

生活内容と順番がわかりませんが、
知らないおじさんとホテルに泊まったり、
彼氏の家に転がり込んだり、会社で電話のクレーマー対応をしていたり、風俗で働いたり…
酒びたりになったり、首を吊ったり。
今、大きな後遺症なく生きているのは、奇跡だと言われます。

最終的に働けなくなって、生活保護になりました。
(この頃、まだ20代の生活保護はあまりに稀で、門前払いされました。
生活保護になるサポートをしてくれた、

当時、特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやいで活動していた湯浅誠さんには、
どんなに感謝してもしきれません。)

親とは、その前後に再会しましたが、当時、どんな関係だったのか…

1人になってからの数年間、イラストを描くことはありませんでした。

・イラストを描いて生きていこう・
■結婚

20台半ばで、オンラインゲーム内で出会った夫と超スピード婚しました。

夫の勧めで、ゲームやアニメのキャラクターを描くようになり、
同人誌を描いたり、コミケに参加したりもしました。

精神的にも身体的にも外で働くことができなかった中、
夫が喜ぶイラストを描くのは何よりの喜びでした。

 

でも、このときはまだ、”自分のイラスト”を描けませんでした。
夫を信頼して「もう大丈夫」と思いながら、


もし否定されたら、と言う恐怖。
どうしたらいいのかわからない。

■最愛の娘を迎えて

結婚して数年、新しい家族を迎えようと話し合い、うさぎの音羽(ねう)をお迎えしました。
そして、そのあまりの愛しさに、私のイラストは殆ど音羽一色になりました。

 


「愛されることより、愛することが幸せ」

 

そう思えるようになってやっと、”自分のイラスト”が描けるようになれました。

今では、夫と音羽と一緒にいる時間、イラストを描いている時間が何よりの幸せです。

・今、イラストを描く理念・

■誰かのためのイラストを描きたい

過去の悲しいとか、寂しいとか、苦しいとか…そう言うものを内包している「幸せ」を描きたい

そのために、私が描ける”うさぎの音羽”や、”皆さんの大切な家族(ペット)”を描こう。


今はまだ、よくわからなくて描けないけれど、

いつかは悲しさや寂しさ、苦しさも描けるようになりたいです。

 

そして、辛く生き難い人の心に何か届けられますように。
そう願っています。

■そして…

音羽のイラストをFacebookInstagramに投稿し始めてから少しずつイラストの依頼をいただけるようになり、
昨年は初めての個展も開くことができました。

 

今の私にとって、「描くこと」は「生きていること」

 

これからも想いを込めて、描き続けていきます。

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